【人事労務クラウドサービス導入支援日記】 第2回 クラウド化で会社の”しがらみ”をあぶり出す

勤怠管理、給与計算、労務管理などの業務のクラウド化が進んでいますが、現場ではどのような課題があるのでしょうか。社労士事務所での勤務経験を活かし、中小企業をはじめとした多くの企業の業務をクラウド化する導入支援に携わっているTECO Design 代表杉野愼氏に聞く連載の2回目は、実際の導入支援で起きているこんな問題、あんな課題です。クラウドの導入までには、いくつかのプロセスがあります。その段階別に起こりがちな問題を挙げてもらいました。今回は導入プロセスの前半で起こりがちなことを紹介します。

株式会社TECO Design
杉野 愼(すぎの しん )

広島大学大学院修了後、医療系IT上場ベンチャー企業において、営業手法マニュアル化によりトップセールスを達成。その後、社会保険労務士事務所において、100件以上の給与・労務・勤怠サービスの移行作業に携わる。2019年に、士業事務所向けのコンサルティング業務と、企業様向けの労務関連クラウドサービスの導入支援を行うTECO Designを設立。

※この記事は「ダイヤモンド働き方研究所」から移管されました。

最大の難関は「何が問題かわからない」という問題

「部長、うちにそんな業務はありません」

人事クラウドサービスを導入しようとする会社の管理職が、導入コンサルタントに「この業務を自動化したい」と言ったそばから、同席していた現場の人たちが、「部長、うちにそんな業務はありませんよ」と突っ込まれるというのは、実はよくある光景です。管理職が業務の現状を把握しておらず、業務がどのように流れているのか説明できないのです。

話し合っているうちに、ある担当者が他の人から「それはあなたの仕事でしょう」と怒られたり、部署の間で互いに業務を押し付け合ったりという場面も、導入コンサルタントなら一度は出くわしたことがあるはずです。結局導入のための相談とはいうものの、現場と管理職がはじめて業務について話し合う場になっていたということは多いのです。

人事クラウドサービスといっても、導入しさえすれば、なんでも自動化できるわけではありません。導入を検討している企業は、現在の業務がどのように行われており、そのうちのどの工程を自動化したいのかといった点を整理し明確にしておくと、相談がスムーズに運びます。

「クラウド化の目的」という関門

業務の内容を把握できていたとしても、他にも導入に向けたハードルはあります。それは、導入の動機がはっきりしていないケース。「全体的にコストカットしたい」、「時間短縮したい」、あるいは「流行りなので導入したい」というケースもあります。

たとえば、「全社的な有給消化率を上げていきたい」といった目標があり、そのために、「有給休暇の消化率を、部署ごと、プロジェクトごとに可視化できるようにしたい。」そこで、「今は総務でアナログ管理している有給休暇管理簿をクラウドで持ちたい。」というように、手段までがはっきりしていると、導入コンサルタントも設計のイメージが描きやすく、スムーズです。

クラウド導入コンサルタントの仕事は、導入のための相談に乗ることにはじまり、課題を抱えた職場の課題整理を仕切ったり、カウンセリングしたりすることにまでおよぶ場合も少なくありません。そのため、一般的に導入コンサルタントは、少なくとも最初は口をはさまず、現場の人と管理職で徹底的に議論してもらい、一旦会社としてそれぞれの業務内容や考え方を棚卸しして並べてもらいます。その上でそれぞれの意見を取りまとめた上で、あるべき姿を提示する形でアドバイスするということもあります。

「抵抗勢力」こそ味方だと考える

業務をクラウド化するうえでの障害となるのは、「社内の抵抗勢力」ではないかと考える人も多いでしょう。しかし実は、抵抗勢力の問題は、業務の内容やクラウド化の目的が不明確である場合、つまり「何が問題かわからない問題」に比べれば、対処しやすい問題です。

たとえば、クラウド化を依頼した担当者以外の、特定の部署や社員がクラウド化をやりたくないと思っていて、やらない理由をいろいろ並べているとしましょう。ある経理担当者が、自分だけが使いやすいようにマクロを使って組んだエクセルのフォームがあり、そのやり方を変えたくないと考えている場合があります。あるいは、人事に関するアナログ情報があり、その入力や分析がある人事担当者のメイン業務である場合、その担当者はクラウド化すると自分の存在意義がなくなるとおびえているケースもあります。

そういう場合は「クラウド化して、こんなに無駄な作業が減って便利になりますよ」あるいは「あなたは無駄な業務をせずに、さらに有意義な別の仕事をすればいいんですよ」ということを示して、その担当者の存在意義を認める方向で説得すれば、解決することが多いものです。クラウド化の抵抗勢力は、抑え込むのではなく、クラウド化の問題点をあぶり出してくれる味方であると考えて、うまく協力してもらうように誘導すれば、スムーズに導入が進みます。

導入から稼働までは、できれば、3ヶ月くらいの余裕が必要ですが、このような課題整理の時間を含めれば、準備期間はもっと長い時間が必要となるケースがあります。

クラウド化の目的はクラウド化ではない

「あるはずのデータがない」という問題

具体的に導入の話が進み、導入コンサルタントが社員の属性データなどの提供を依頼する段階になったときに、なぜかそのデータがそろわないということもよくあります。社内で情報を管理していないので、その会社が社労士に問い合わせてはいるものの、社労士が忙しくて結局1週間連絡がつかないということもあります。データ回収や催促のための専門要員を用意しなければならないこともあるくらいです。

社労士にデータを預けていると、社内でデータを管理しなくて良いという点では楽なのですが、社労士を切り替える場合には、スイッチングコストが高くつきます。社労士がデータを握っているので、情報を引き出すのに苦労する場合があるからです。しかし、ひとたびクラウド化してしまえば、データは自社で持てるので、社労士を変えるとしても、アクセス権限を変えれば済み、スイッチングコストはかかりません。クラウド化するということは、データを自分たちで持ち、仕事を依頼した相手(社労士)に逆に縛られないという、経営上の自由を得ることでもあります。

「何のデータかわからない」

また、データ が社内にあったとしても、もらった側が何のデータなのかわからないということもよくあります。CSVやエクセルのデータで、人名の横に1,0だけが記入されたデータを受け取ったことのあるシステム設計者もいると思います。項目名として、「配偶者の有無、1はあり、0はなし」などと書かれていなければ、社外の人間には1、0が何を指すのかわかりません。非常に細かいことですが、こういったデータのやりとりを滑らかに行うことも、導入をスムーズに進めるうえでは重要なポイントです。

こんな話もあります。企業から導入コンサルタントにデータが送られてきたのですが、1法人の契約のはずが、4社分あったというのです。聞けば、その会社は、バックオフィス業務に関してはグループ会社全部を含めて1法人のように運用しているため、1法人として契約したのですが、実際には、子会社が4社あったというものでした。

あなたの会社は「普通の会社」ですか?

人事労務の業務そのものに関する知識や、クラウドに関してのリテラシーは、会社によって千差万別です。たとえば高齢の夫婦で会社を経営していて、事務は若い人任せでデータや労務関連のことはまったくわからないというケースがあります。また、データにはなっていないけれど、古くからいる人事担当者が全部頭で覚えていて、生き字引のようだということもあります。逆に、IPOをしたことがあるので、バックオフィスの業務全般とシステムについてプロなみといった会社もあります。

しかし、クラウドサービスやその導入作業は、必ずしも、そういった様々な会社があることを想定しているわけではありません。一方、会社で働く多くの人も、「自分の会社は普通の会社」だと思い込んでいます。しかしどんな会社にも、積もり積もったその会社特有の文化やしがらみ、習慣、暗黙知などがあるものです。社員は、知らないうちに自分たちを規定し、縛っている「目に見えない何か」を言語化できてはいないのです。

「導入コンサルタント」の選び方

そこで、クラウドと会社の間を取り持つ導入コンサルタントの存在が重要になってくるのです。導入コンサルタントは、クラウド化を契機にその会社の暗黙のルールを白日のもとに晒し、社内外に隠れている”埋蔵データ”を見つけ出し、それらを整えて、誰もがアクセスできるクラウドに載せることによって、会社を目に見えないしがらみから解き放つ役割があるのです。

これからクラウドを導入しようとする企業の方は、以上のような役割を理解している、経験ある導入コンサルタントを見つけられれば、クラウド導入や業務の効率化がスムーズに進むと思います。

次回は導入プロセス後半で起こりがちな問題を紹介します。

構成=奥田由意 イラスト=タケウマ 編集=eon-net編集室

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